げひらの草子

おむこんです。じわじわきてくれれば幸いです。ねえ聞いて、言葉は無限、だったらダジャレもきっと無限。(本文の内容とタイトルはあまり関係ないことが多いです)。『うたしりとり』は、「俺はググらない!」という鉄のルールがあります。故に力を貸してください。タイトル、うたしりとりの既出はブログ内検索(プロフィールの下の「記事を検索」)で調べられます。

ギターの江藤 君の顔

omcon2011-12-14

こんばんは、昨年の大ヒット♪ずっと好きだった♪のメロディーに乗せてこんばんは、江藤って聞くと、大学時代の妙に器用な後輩くんを思い出すおむこんです。今日のタイトルもなかなか気に入ってます。
ところで、僕とまったく同じ日に生まれたオダギリジョーが韓国を訪れた際にファンにしてあげたサインを巡ってひと騒動になり、彼が謝罪をしたというニュースがネットに出ていた。要は彼がふと思い付いて、色紙に自分の名前ではなく「こうだくみ」と書いたらしいのだ(彼は時々他人の名前や絵をサインの代わりに書くことがあるらしい)。これは俺からすれば、敢えて自分の名前を書かないといういたずらは、いわば一流のユーモアだし、オダギリジョーが『オダギリジョー』と書かなかったサインなんて逆にプレミアものに思えるんだけど、そのサインを受け取った韓国人の方はそうは受け取らなかったみたいで、「バカにされた」と思ってしまい、そのことに対する共感から騒ぎに火がついたようだ。しかし、そもそもオダギリジョーがいたずら心を思い付いたのは韓国のファンも日本のファンと同じように接していた証拠。この遊び心は韓国人にも理解してもらえると思ったからだと思うんだけど。じゃあ逆に、例えばの話、彼のマネージャーが彼の代わりに『オダギリジョー』と色紙に書いていて、それを配ったとしていたら俺はそのサインには何の価値もないと
思うけど、もしかしたら韓国に行けば価値は発生するのかもしれないよね。特に国際社会では様々な価値観が飛び交ってるから注意が必要だよね。